【心理】「赤井秀一」という男
たまに思います。沖矢昴とは何者なのか。
赤井さんですね。赤井さんです。が、あまりにも…誰?(ベルモット風)
ふしぎ沖矢さんはさておき、赤井秀一という人は、ものすごく魅力的な人物として描かれています。頭脳も肉体も、ハイスペックだらけのコナン界で最高位に君臨しています。
このあと、本編で黒の組織殲滅作戦が組まれた際には、最終決戦の場に、コナンくんと赤井さんは絶対にいるのだろうなあ、と思われます。できれば降谷さんにもその場にいてほしいですが、彼は立場的に、その直前と最終決戦をつなぐキーパーソンという感じもします。
その赤井さんが、生存を隠すために、あの謎人格・沖矢昴になっている…。よくわかりません。沖矢さんは、本当によくわからない方です。
私は沖矢昴のことを考えると、お腹の中がくすぐったくなります。
閑話休題。
赤井秀一というのは、いったいどういう人なのでしょうか。
赤井さんの本職は、FBIの職員です。そしてスナイパー。
スナイパーというからには、人を殺めたことがあるはずです。
米花町は犯罪シティなので感覚が麻痺しますが、そもそも人は人をそう簡単に殺せるものではありません。これは技術的な問題ではなく心理的な問題で、「抵抗」があるのです。
元米国陸軍中佐であり心理学者でもあるグロスマンによると、第二次世界大戦において、相手に向けて発砲できたライフル銃兵は全体の1~2割です。8割の兵士は、もにょもにょと弾を込める振りなどをしてその場をごまかし切り抜けており、発砲していないのです。これはアメリカ兵に限った傾向ではないと考えられています。人は人に対して発砲するとき、ものすごく抵抗を感じるのです。
実際、発砲率が9割と言われるベトナム戦争において、帰還兵の中に凄まじい数のPTSD罹患者が出たのは、よく知られるところです。
ところが、全兵士中の1%くらいの割合で、「躊躇なく発砲でき、精神的な外傷を負わない」人も存在するそうです。(こういう方々について、サド気質があるとかサイコパスだとか面白おかしく言われることもありますが、一概にそうとも言えません。)
赤井さんは名手と言われるスナイパーですので、おそらくこれらの方々に近い性質を持っていると考えられます。
ただ、人を殺めるときには、物理的に距離が近く、より生々しい感触があるほど抵抗が強まるという研究結果がありますので、遠距離からの射撃を得意とする赤井さんには、心理的な負担は最大限かかっていないはずです。また、赤井さんが撃つ相手は犯罪者に限られている筈なので、その点でも心理的負担は少ないでしょう。
ですが、どんなに正義が自分の方にあろうとも、発砲した弾が相手の肌を掠めた程度でも、精神的ストレスを莫大に抱える人はいます。やはり赤井さんはプロのスナイパーとしての資質を有しているのだと思います。
ここから、赤井さんという人を3つの観点から心理学的に考察してみました。
1、愛着形成
精神のバランスを崩さずに優秀なスナイパーとして活躍する赤井さん。
心的外傷と愛着には密接な関係があり、同じように過酷な体験をしても、幼少期の愛着形成がきちんとなされている人はPTSDやうつを発症しづらいという研究結果があります。また、赤井さんには過度の罪悪感にとらわれたり、自己効力感が低下している様子はありません。ご両親によって、かなりきちんと愛着を形成されているので、極端にマイナスの方向へは精神が振れないのだと思います。
弟妹である秀吉さんも真純ちゃんも、ちゃんと愛情を受けて育っている感じがあります。赤井さんはそういうご家庭の長男ですので、それはもうきちんと愛着形成がなされ、それゆえに、ちょっとやそっとでは壊れない自我構造を確立していると予想されます。しかも知能や身体能力が高く、不安定な時期である思春期においても、構造を壊されるような経験(いじめの被害者になるとか)がなさそうです。
なので赤井さんは、かなりきちんと人を愛せる人なのだと思います。逆に、愛されることにも慣れています。潜入前に赤井さんがジョディさんを振ったとき、私はジョディさんの過去を鑑みて「あんた何てことを!」と思ったものですが、「愛せないと思えば別れる」というのは、相手に対して非常に誠実です。愛したり愛されたりすることを過度なものとして扱わないので、ああいうことができるのだと思います。
逆に、つらい経験をしているジョディさんや明美さんが赤井さんに魅かれた理由も、ここにあるのかもしれません。あんな冷たそうな男なのに、安心感があるのだと思います。言語化や数値化が不可能な、「包まれている」と思わせてくれるような安心感。包容力。それはもう、愛着のなせる技です。
ずるい。冷たいのに安心感を抱かせる男。ずるい。
ただ、ちょっと隙があるとすれば、失踪した父親を探すためにアメリカに行くことに、ややエディプスコンプレックス的なものも感じたりしてはいます。赤井さんにとって、思春期に突然失われた務武さんは、未だに「超えられたという実感のない壁」なのかなと。
適切な愛着の結果、父親との人格的な分離はきちんと済んでいると考えられますが、それでも、「父親失踪の真実にたどり着くことで、はじめて父親を超える」という、心理学でいう「父親殺し」を赤井さんはしているのかもしれません。男の子は、父親殺しをしてはじめて、成熟したひとりの男性になる、らしいです。
赤井さんが父親と再会する(生きているとすれば)シーンが楽しみです。
2:使用可能なリソースの量と効率性
赤井さんは非常に効率的というか、無駄だと判断したことにリソースを割かない人なのではないかと思います。
初対面の幼い妹に笑顔を見せもせず、ジョディさんには「2人の女を同時に愛せるほど器用じゃないんでね」などと宣います。どちらもやろうと思えばできたのではと思うのですが、「そこにリソースを割く必要はない」と判断したのではないでしょうか。ひとつひとつの行動がしっかり統制されており、判断の基準が非常に明確です。
これは、自我構造がものすごくしっかりした、しかも知能の高い人の行動特徴です。そもそもいくつかの人格を意識的に使い分ける、ということ自体が、持っているリソースが多く、用途も広いという証拠です。
人はいくら持っているリソースが多くても、それが使用可能な状態でなくては意味がありません。問題はリソースの絶対量ではなく、使用可能なリソース量なのです。さらに、使用可能なリソースの量と知能には正の相関関係が存在します。また、使用可能なリソースが多ければ多いほど、ストレス耐性や自分自身をコントロールする力も高まります。
つまり赤井さんは、知能が高く、比例して使用可能なリソースが多い。その上、そのリソースをとても効率的に配分するので、ちょっと冷たいんじゃないかと思うほど、「頭が切れる」人に見えるのではないかと思われます。
降谷さんも本来、この力はものすごく高いと思うのですが、自我構造にやや脆弱性がある上、今は「親友の喪の作業」にかなり多くのリソースを持っていかれてしまっているので、このへんが赤井さんに勝てない理由のようにも思います。
3:共感のはたらきが薄い
赤井さんという方は、共感のはたらきが薄いと思われます。共感性羞恥とか、絶対に感じない…。
そもそも、共感が平均以上にはたらいていたら、人の痛みを感じ取ってしまうので、スナイパーとしては務まらないはずです。優秀なスナイパーであるということそのものが、赤井さんの共感力が薄いことを物語っています。
いわゆる「緋色シリーズ」のクライマックスに、赤井さんと降谷さんの電話のシーンがあります。そこで赤井さんはスコッチのことについて、「今でも悪かったと思っている」と降谷さんに謝罪しました。はあ?ってなる降谷さん。読者(私)もものすごくぎょっとしました。「いまそれ言う!?煽ってるの!?」
でも、赤井さんにそんな気持ちがまったくないことは、その表情からわかります。赤井さんは本気で「悪かった」と思っており、それを伝えることもまた「しなくてはならないこと」なのだと思います。
赤井さんという方は内省能力が高く、自分のミスはミスとして責任転嫁することも過剰な罪悪感を持つこともなく受け止め、認めます。
赤井さんのようなタイプの方は、悪いと思っていないことを謝りません。自分が表面上でも謝ることで人間関係を円滑にしようとか、相手の気持ちを軽くしてあげようとか、思わないです。共感の力が過剰に働いてしまう人は、人にいろいろ気を回し、思ってもいないことを言ってしまったりするものですが、赤井さんはそのへんゼロです。
が、共感のはたらきが弱いため、あの状況でそれを聞いた降谷さんが、その言葉をどう受け止めるのか、ということは全然考えません。あの時点で、赤井さんは、スコッチと降谷さんが日本警察の人であり、おそらく繋がりがあったであろうことを察知しているにもかかわらず、そして今まさに、降谷さんを出し抜いてプライドを傷つけたばかりだというのにもかかわらず、謝罪するのです。なんでいま!?
おそらくあの謝罪は、降谷さんに許しを乞う謝罪ではなく、「責任の所在をはっきりさせる」という側面が、赤井さんの中では強かったのではないでしょうか。だから、降谷さんがどう受け取ろうと、赤井さんはスコッチに拳銃を奪われたことが彼の自殺の直接の原因だと認識しており、「あれは俺のミスだ」を謝罪というかたちで伝えたのかな、と思います。
言い換えれば、赤井さんは、とてもフェアな人であるということもできます。相手を必要以上に慮らないので、「人の感情ではなくルールに則って行動する」ことができます。日本で育っていないしな…。日本では、「感情を重視すること」そのものがルールになることが多々あります。
赤井さんは、「犯罪者がどういう人間か」で動くのではなく、「犯罪に対して自分はどのように動くべきか」で方略を決めているのだと思います。犯罪の質や背景は問わず、「犯罪である」ということそのものを「ルール違反」として認識し、速やかに行動を決定しているのではないでしょうか。
これは、ものすごくフェアな方法です。相手がどんな人かによって対応を変えるというのは、どうしても主観的になり、それは一面アンフェアを生むことになるからです。
人も自分も適切に愛することができる力があり、持っているリソースがすごく多く、共感は全然はたらかないがフェアな男。冷たいのに、安心感を与える男。それが赤井秀一という男…。
ただ、明美さんのこと。そしてスコッチのこと。そこに関しては、赤井さんは片をつけられていないんだな…。失敗したことのない男にとって、この2つは痛恨のミスだったのだと思います。赤井さんはスナイパーとして人を殺しますが、決して人の命を軽んじる人ではないのだと思います。愛を知っている男なので。
しかも、赤井さんにとってこの2つのミスは、哀ちゃんや降谷さんが許してくれるかどうかということは、自身の解決に全然関係ないのだと思われます。「許してくれたら救われる」は人の心への依存です。赤井さんは良くも悪くも依存せず生きていける力を持った人なので、そういう解決の仕方はしないと思います。
結局、背負っていくのかな…。2人の命を失わせてしまったこと、それによって彼らを大切に思っていた人たちに、一生消えない傷を負わせたこと…。
そしてまた、それを背負って生きていけるだけの力を持った男。それが赤井秀一。