Hyakuyo's Box

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降谷零と彼を巡る人々の心理学的分析・考察

【心理】降谷零の精神構造②景光・チャムシップ

「高明にいちゃん!ボク、東京で友達ができたよ!アダ名がゼロっていうんだ、かっこいいでしょ」

 あの諸伏高明氏に、弟から「にいちゃん」とフランクに呼ばれていた時代があったことにもびっくりですが(深窓の令息ひとりっこ系かと)、その子が…降谷さんと…そうですか…。

 

 諸伏家のご兄弟のご両親が、いつどのように亡くなったのか(そもそも同時だったのか)は不明ですが、景光さんからは、愛されて育った感じがします。景光さんの出番はまだ少ないので予想でしかないのですが、本編とゼロティーに登場した子ども時代の屈託のない笑顔から、両親と年齢の離れた兄に愛され、愛着形成は適切になされたのだと推察します。

 

 ①で考察したように、愛着形成が適切になされておらず、暴力で不安や無力感を抑圧する子どもだったチビ降谷さんと景光くんが、どのようなきっかけで友情を持つに至ったのかは、描かれるのを楽しみに待ちたいと思います。が、2人がその後も固い絆で結ばれた関係であったことは確かなのではないかと。

 

 景光くんが冒頭の台詞を言ったシーンは高明さんの回想ですが、その姿を見るに、おそらく小学校の中~高学年のときに2人は出会ったのだと推察されます。年齢的には10歳前後。この時期が人間関係の発達に大切であることを示したのが、サリヴァンというアメリカの心理学者です。20世紀の心理学者の中でも大天才の1人ですが、世間的な知名度があまりないのは、たぶん著作がめちゃくちゃ難解だから…。

 ですが、このサリヴァンが提唱した「チャムシップ」の概念は、非常によく知られるところです。

 

 10歳くらいというのは、いわゆる自己感が形成されてくる時期です。自分はいったい何者なのか、自分はどういうふうに生きていくのか、という、社会的な感覚というか、メタ的に自分の存在を認識でき始める時期です。(サリヴァンは「前思春期」と呼びました。)

 この時期になると、子どもは「横のつながり」を意識します。保護者や先生など、縦のつながりで生きていたものが、同年代の子どもたちとどのように社会を形成するのか、自分はその中でどのような人間であるのか、という課題に取り組んでいくことになるのです。

 

 これと同時期に形成されるのが、チャムシップです。サリヴァンは特に、男の子同士の親密な関係について言及しています。同じ経験をし、感覚や感情を共有する中で、相手が自分に応答してくれる、共感してくれるという体験が行われます。これによって、不安定な状態にある自己感を強化したり、あるいは幼少期に形成不全だった愛着が内在化されたりします。

「愛着は、乳幼児期に形成されなかったら、もう取り返しがつかないものなのか?」という議論がよくありますが、近年は代償が可能であるとされています。チャムシップは、その中でも大きな機能を果たすものと思われます。

 

 さて、ゼロくんとヒロくんはおそらく、このチャムシップを形成したのではないかと思います。

 2人は、共依存の関係になる可能性も充分にあった子たちかな?と思います。愛情を欲する心を抑圧して暴力的に振る舞っていたゼロくんは、現在を鑑みるに、おそらく幼い頃から学習能力も運動能力も高かったことでしょう。そのため、「~すべき」という父性的というか、権威的なところがあったのではないかと思います。

 一方ヒロくんは、愛着は形成されているものの、まだロールモデルが充分に内在化していない時期に、ご両親を失い、お兄さんと離れ離れになっています。電話のシーンや大学生になった高明さんに会いに行っている描写、年齢が離れているところを見るに、ヒロくんはお兄さんに父性的なものを感じて育ったんじゃないかな、と。まして高明兄ちゃんは、コナン界の東大法学部を首席卒業という、利発で沈着冷静なしっかり者です。そのお兄さんと離れて東京に来たとき、ヒロくんは突然失ったロールモデルの空席を埋めてくれる人を、身近に探していたかもしれません。

 そのモデルに、ゼロくんはかなり当てはまります。2人の友情は、始まるべくして始まったと言えるのではないかと推察します。

 

 でも、2人が決して共依存の関係ではなかったことは、前思春期終了後にも「親友」として友情を育み続け、警察学校でも仲良くしている描写から推察できます。

 景光さんはまだそれほど登場回数が多くないので定かではありませんが、降谷さんはストレス耐性が強く、非常に頭の切れる人です。(ちなみに、ストレス耐性が強いからといって、人は傷つかないわけでは決してないです!)共依存というのは、当然ながら互いが依存的な精神構造を持っているときに起こります。相手を「自分がいなくては生きていけない」状態にすることで、自分の無力感から目を逸らし、自尊心を満たそうとする行為です。

 あれだけキレッキレの頭脳を持つ降谷さんも、そして警察庁公安に配属され、潜入捜査まで任された景光さんも、そういう精神構造を持っていたとは思えません。自分の精神状態を把握・統制し、行動できる明晰さが2人にはあったと考えられるので、その幼少期に共依存のようなベタベタな関係が成立していたとは思えないのです。

 

 むしろ2人の関係は、互いに不足しているものを補い合い、成長できるという、理想的な生産的関係であったのではないかと思います。互いの中に自分を成長させる対象としての役割を感じ合える関係だったからこそ、2人の友情は長く続いたのではないでしょうか。

 

 おそらく、精神的な成熟度だけでなく、同程度の知能も持っていたと思いますし…。2人ともIQ高そうですね。降谷さんなんか、日本でメジャーに行われている某知能検査だったら、150くらいのスコアは軽く出しそうです。

 あんなイケメンが検査を受けに来て高スコアを叩き出したら、世の中のあまりの不公平感に1か月くらい落ち込みそう…。でも、職業が「警察官」って聞いたら、「この人が生きてる限り、日本は大丈夫だな!」って明るい気持ちで生きていけるかもしれない…。忙しいな…。

 

 閑話休題

 降谷さんは、景光さんに出会ってチャムシップを形成できたことで、乳幼児期の愛着形成不全をある程度は代償することができたと推察します。

 ただ、10歳くらいまで培われ、内在化されてしまったパターンはなかなか払拭するのは容易ではありませんし、降谷さんは専門機関で何か特別なケアを受けたわけでもなさそうです。それでも、「とりあえず手が出る」は、自分の無力感から目を逸らす装置であったものが、ボクシングというスポーツのかたちを取ることを通じて、「自分の持っているリソースの1つ」として制御されたのかな?とは思います。

 そのリソースを存分に使って、松田さんとやり合ったんですかね…それとも、松田さんと共闘して気に食わない人を殴ったんですかね…その辺は、警察学校編を座して待ちたいと思います。

 

 景光さんとの友情を通じて、根底にある「不安」や「無力感」が少しずつ払拭されていった降谷さんは、更に警察学校での出会いを通じて、乳幼児期の愛着不全をリカバーしていっていた…はず。

 だからこそ、警察学校の面々、特に景光の死は、降谷さんにとって、ただの友だちの死以上のものがあったと思います。今おそらく、降谷さんは「喪の作業」の最中なのではないかと思います。公安の潜入捜査官として働きながら、人生を支えてきた親友の喪の作業をするって…ほんとに、よく生きているな、この方…生きていてくれてありがとう…。いいよ、仕方ないよ、モノレールの線路を爆走するくらいは…死ぬよりずっといいよ…。

 

 そして、この「喪の作業」にあまりに深く関わる赤井さんという人が、降谷さんの中でいかなる存在であるのか、という考察も、後日、私なりにしてみたいと思います。「ねえ、なんで赤井さんの変装したの!?」というあたり特に、本当に…心理的にものすごく複雑な方だなあ。